ゲーム音楽分析シリーズ・Saga Frontier編。(分析にはコードチャートテンプレートを使用するとわかりやすいです)
知る人ぞ知る名曲、サガフロンティアより「T260G Last Battle」です。やったことがある人は「NO FUTURE」のトラウマで同じみですね。
作曲者はイトケンこと元Squareの伊藤賢治さん。伊藤さんといえば耳にこびりついて離れないしつこい印象的なメロディや、やたらと思わせぶりで長い壮大なイントロで始まる曲を書くことで、今でもかつてのゲーム少年たちの心を掴んで離さないヒーローであり、人気のゲーム音楽作曲家です。
この曲はそんな伊藤さんの作品の中では異色のテクノです。「ファイナルファンタジー外伝 聖剣伝説」でデビューし、「ロマンシングサガ」シリーズ、「サガフロンティア」「チョコボレーシング」「チョコボの不思議なダンジョン」などのファンジー系のゲーム曲を多く作っていた方なので、ハードロック/メタル系のバトル曲や泣かせるバラードなどが有名なのですが、テクノというのは本来得意とするジャンルの作曲ではないそう。
しかし、T260Gというキャラクターはいわゆる「ロボットキャラ」であり、コンセプト的にBGMはテクノという方針だったようで、そこは仕事です、ニコニコ大百科にも書いてありますが、苦心してこの素晴らしい名曲を作ってくれました。
この曲、音数も少なくとてもシンプルなのに、聴かせるバランス感覚が最高な黄金のテクノ・・・とはちゃんとテクノを聴きこんでる方からすれば言い過ぎかもしれませんが、テクノぽいエッセンスを凝縮したテッケテケのテクノ曲です。その楽曲構成の妙は現代のEDMエレクトロミュージックにも通じます。
使われている音色はわずかに5種類。ベース、ドラム、ストリングス、メロディのノコギリ波と左右高速アルペジオのサイン波です。
Key=Em, BPMは少し早めで145くらい。
この曲は構成のバランスが素晴らしいです。テクノや現代エレクトロミュージックにも通じる黄金の比率に近いことは、この曲の何度も聴いてしまうような中毒性が証明してます。
各セクションにパート名を与えて小節数を数えてみると次のようになります。
1小節=1barと表記します。
イントロ:32bar
トランジション(イントロとAをつなぐ部分):2bar
Aメロ:8bar
Bメロ:15bar
トランジション2(Aメロに戻る部分):4bar
となっています。
各セクションには各セクションごとのテクニックが詰め込まれており、シンプルながらもかなり研究価値のある曲です。では分解していきます。
イントロ:32bar
イントロは長めの32小節ですが、聴いているとそれほど長く感じません。それは、現代のDJ曲やEDMなどにも共通するイントロのテクニックが施されているからです。
このイントロは大きく3つの部分に分けることができます。分割すると、8+8+16barとなります。
それぞれのかたまりごとに見ていきましょう。
イントロ1:8bar
最初の8barは、テクノらしいテケテケサウンドのベースがソロで16分音符で刻むリフを4小節、次の4小節でクローズドハイハットの16分刻みとストリングスのパッドが入ります。このベースラインがはじめに提示するリズムが曲中終始一貫していきます。
8小節目にスネアによるフィルが入り、イントロ2へ。
イントロ2:8bar
ドラムと左右の高速アルペジオが入り、8小節繰り返します。このアルペジオのサウンドが癖になりますね。テケテケテケテケ・・・・と、素晴らしいチープさ。たまりません。
高速アルペジオは左右でハモッていますね。Eマイナーペンタトニックスケールで、左右で5度重ねをする中に、微妙に4度ハモも入っている感じです。
16分で
「ミミミ(8va)シミラレラ」
「シシシ(8va)ミシレラミ」
という感じで左右で重なっています。
イントロ3:16bar
ここからメロディが入ってきますが、正確にはリフという扱いであり、まだAメロとは呼びません。
リフとベース音の関係を見てみると、コード進行は
{Em×7bar+| C D |}×2=16barという構成になっています。
メロディのリフもEマイナーペンタトニックスケール。こちらは完全4度ハモリです。前半8小節目の| C D |部分のフィルにはブルーノートのシ♭も絡んでますね。
この16小節が終わった後に2小節、ベースとハットだけが足踏みするようにAメロに入る準備をする部分があります。このような短い接続部分をわたしは「トランジション」などと言っています。
イントロ1はドラム抜き、イントロ2はメロディ抜きで、イントロ3でやっとメロが入って曲になったか?と思いきや、まだリフでリズムを刻んでいる状態。ようやく32小節が過ぎたあとに、トランジションを経てついにAメロ。このように、アンサンブルを徐々に追加していって、Aメロにいくまでに徐々に盛り上げるというテクニックは、エレクトロ系の音楽では定番の手法です。
Aメロ:8bar
{Em | Em | C D | Em }×2
ここからはもう究極にシンプルです。ベースとドラムで16分のリズムを刻んだまま、Eマイナーペンタトニックスケールで構成されたメロディ(4度ハモリあり)を歌っていくだけ。
Bメロ:15bar
{C D | Em D | C D | Em D | C D | Em D | C – | Em D}×2 (最終部16小節目はトランジション2と重複)
コードチェンジが一小節に2回に加速してスピード感が増しています。
ここからはアルペジオがまた入ってきます。後半8小節はストリングスも入って気の利いたパッドを鳴らしています。このストリングスパッドの入りというか、位置が絶妙。ふわーと開けていく感じがたまりません。メロディパターンは変わらずEマイナーペンタトニックスケールの4度ハモリで構成。
この曲のメロディもアルペジオもマイナーペンタトニックスケールを中心に構成されていますが、このようにテクノというジャンルにはなぜかマイナーペンタトニックスケールが妙に合うという不思議な特徴があります。そのまま弾くと演歌っぽさ、コテコテのブルースっぽさが鼻についてちょっと現代のおしゃれな若者サマの耳には合わないっぽいのですが、テクノのストレートではやいリズムに合わせるととたんにモダンなダンスミュージックに激変。音楽って面白い。
この部分、メロディの終わりが15小節目と半端になっていますが、そこもじつはテクニック。奇数単位は前進のモーションを生みます。ここでは、最後の16小節目をトランジションの1小節目とかかぶせているのです。ベースがトランジション1と同じようなリフを刻んで足踏みし、4小節もったいぶらせたところで再びAメロに戻ってループします。
音数も少なく、派手な音色もないのに、何度も聴いてしまう中毒性のあるこの曲の秘密。それはこの曲の入念に練られた構成と、各楽器の登場させる位置にあるのではないでしょうか。
じっさい、イントロのドラム抜き、高速アルペジオ、メロディのマイナーペンタトニックスケールなど、現代のテクのやエレクトロミュージックにも見られる普遍的な特徴が随所に見られます。間違いなく「聴かせるための音楽」であり、プロフェッショナルの魂が込められた名曲でしょう。
このように、そのテクノならテクノっぽく聴かせる特徴があるわけです。それは音色、リズム、構成、コードなどさまざまな要因に現れていますが、何度もよーく聴くとジャンルごとに特徴が見えてくる。それを研究して実作にも生かせば、自身の音楽世界が大きく広がります。
それにしても、テクノは専門外でありながら、YMOやクラフトワークなどを研究して、注文にふさわしい曲を仕上げたイトケンさんのプロ根性に敬服。「つくれないなら、つくれるようになればいい」のです。素晴らしい。
NO FUTURE